松戸市立博物館友の会

 松戸市立博物館友の会は・・・
 「楽しく学ぼう」をスローガンに、会員相互の交流を深めながら日本と郷土の歴史や文化を学ぶ会です。また、松戸市立博物館が主催する親子体験教室への支援活動を行っています。市民による文化・伝統への意欲ある自主活動です。お互いで学び、支え合っていきましょう。
◎年間を通して盛りだくさんの学習会や見学会、講演会を開催。「まつどまなびぃネット」・会報で募集・結果・各種情報を紹介。
(1)学習部会に入会して楽しく学びます(古文書部会・みなづき古文書会・松史会・中世東国の講読会・はたくさの会・まつどを知る会)。
(2)歴史遺蹟・他の博物館などへの見学会(バス年3回・徒歩5回、会員優先)に参加。
(3)博物館(年3~4回)と友の会(7~8回)等が主催・共催する講演会に参加。
(4)友の会会報(年6回、奇数月発行A4・12p)・近隣館情報等が届き、「ネット」(週1回)掲載。会員は学習成果の発表・こだわり趣味などを披露できる。
(5)児童の米づくり・昔の道具・生活"体験"教室などの支援活動に参加。
◎年会費 一般(個人)会員3千円、準会員(中学生)500円、家族会員4千円、賛助会員1万円
◎会員数(1/1現在) 227名

見学会サイト  https://sites.google.com/view/tomonokai2021   藤沢

◎問合せ先  友の会事務局(松戸市立博物館内) 椎野/蒲生
〒270-2252 松戸市千駄堀671
TEL 047-384-8181代表 FAX 047-384-8194





2021年07月18日

市博講演会再開:郷土玩具をめぐって―坪井正五郎・渋沢敬三を山田尚彦学芸員、天神信仰を村山翠研究員語る

 市博での講演会が再開されました。7/18(土)午後、開催中の『郷土玩具展』に関連して、二人からの講演が講堂でありました。
 山田尚彦学芸員からは、明治時代以降の"日本の人類学の草創期"に活躍した坪井正五郎と渋沢敬三の人物の経歴を中心にした解説がありました。また、村山翠(むらやま・みどり)・目黒区めぐろ歴史資料館研究員からは、国内に1万2000社はあるという天神様と関連した「天神人形と菅原道真―天神信仰のうつりかわり」と題して、1時間半の詳細な説明がありました。以下、当日の配布資料からです。
坪井正五郎(1863~1913)は、幕末に奥医師の家に生まれ、幼いころから植物の採集や細工物に興味を抱いていたそうです。18歳、東京大学理学部動物学科に入学し、"人類に関する和洋書をよみふけ、休日には遺跡を巡り、石器や土器の採集を行った"そうです。21歳には後に「弥生土器」と称される土器を発見する一員となり、「じんるいがくのとも」(翌年「東京人類学会」へ)という研究組織の創設メンバーへ。帝国大学理科大学助手として、明治22年・26歳から3年間、イギリス・フランスに官費留学。29歳・帰国後には教授に就任し、人類学講座を開講―後に{日本の人類学の父}と呼ばれる。大正2年、50歳、第5回万国学士院大会で訪れていたロシア・サンクトペテルブルグで病死。狂歌や戯作にも趣向があり、百貨店としてスタートした「三越」とタイアップして「児童博覧会」を開催したり、「玩具博覧会」では、鳩笛・でんでん太鼓・雉子車などの復刻された玩具を売り出しもしたそうです。
渋沢敬三(1896~1963)は、渋沢栄一の孫として明治29年に東京深川で生まれる。坪井の33歳のときにあたる。東京高等師範学校附属小学校・中学校を経て、19歳大正4年に仙台の旧制二高英法科入学。この年、祖父・栄一が渋沢同族会社を設立し、敬三を社長にする。24歳、東京帝国大学法科大学経済学科卒業、卒業論文は『日本工業発展段階史』、横浜正金銀行(外国為替中心の銀行・のちの東京三菱銀行)へ入行。ロンドン支店に転任し、29歳で銀行退職。大学卒業の頃から、友人らと郷土玩具の研究や民具収集に熱をあげ、研究会「アチックミューゼアム」を推進。実業界での働きとともに、研究者たちへの助成にも力をそそぐ。38歳、昭和9年(1934)「日本民族学会」の設立に加わる。戦時・戦中・戦後の公職追放まででも、日本銀行総裁や大蔵大臣などの公職を務めるなか、『日本魚名集覧』を刊行したり民族学協会長としての研究も継続。昭和38年、67歳で亡くなるが、実業界ではKDD社長・日本文化放送会長を、研究分野では日本モンキーセンター会長や文学博士の名誉学位を授与されたりする。
 *レジメの最後に両者の郷土玩具との
関わりのまとめがありますが、省略(字数制限)します。

■「天神人形と菅原道真―天神信仰のうつりかわり」村山翠・研究員レジメから
 天神人形がここまで全国的に作られている理由には、江戸時代以降、菅原道真を祭神とした天神信仰が親しまれていったためと考えられる。では、天神信仰がどうして広がりをもたらされたのか?。道真とゆかりのある土地だけでなく、全国的に天神信仰が広まった理由の一つとして、古くから信仰されていた、天の神としての天神(雷神)に、菅原道真への御霊(おんりょう)信仰が重なっていったことが挙げられる。
➀天神人形について―菅原道真を祀る、天神信仰から発生したとされる人形。衣冠・梅・牛の特長がみられる。
②天神様について―御霊(祟り神)、学問・受験・至誠・詩歌の神、雷神・農耕神・正月神など多様に親しまれている。
③菅原道真について―845年(承和12)~903年(延喜3)。平安時代の学者・政治家。右大臣へと昇進するも、左大臣藤原時平の讒言によって九州大宰府へ左遷され病死。
④天神信仰の成立とうつりかわり―平安時代には御霊を鎮めまつりあげることで、祟りを防ぎ霊威を鎮静化させるという信仰があった。道真の死後、時平やその子孫らが死去し、道真の御霊の仕業だと恐れられる。北野天満宮(京都府)、道明寺天満宮(大阪府)、大阪天満宮、大宰府天満宮(福岡県)の縁起を紹介。

  郷土玩具への学術的なお話に、暑さを忘れたひとときになり、改めて、400点を超す『郷土玩具展』を眺めて帰りました。特に、あいさつ文にある明治前期の『集古会(しゅうこかい)』の面々が江戸懐古の情などで集まったことなどは、読み直されることでした。同玩具展と同時開催中の『小金城と根木内城』は、後期7/6~8/22(日)まで開催中です。無料です。(記録・松尾、Ⓨ)